先日、時之栖でのライブでお世話になった、ブッキングの小澤さん(たまたま同じ名前)が

私の音楽についてブログを書いてくださいました!→「御殿場RINCOLOの日記

これが嬉しすぎて、思わずシェア!涙

 

小澤さんは、すごく懐が深い方なんですよね。

音楽に対する愛情があふれていて、そんな方から言葉をいただけると、すごくうれしいです。

いっしょにステージでセッティングしながら、いろいろな話をしました。

あとあと、

「でも、紗来さんのやってることは間違ってないよ」って言われたとき

なんだか、ものすごく救われた気がしたものです。

 

そう… どんなアーティストの方も似たような葛藤を抱えるのかもしれないけど…

いつだって、己と他者の境界線の前で、私は途方に暮れたり、時に悲観したり…

でもその分、嬉しいこともあるのです。

他人同士、どうやったって分かり合えない中で、一部でも「共感」できるってのは

ほんと感動するし、奇跡のようにありがたいと思います。

私の音楽を好いてくれる方は、みなさん、本当に感謝しています。

そんなみなさんのおかげで歌えています。

 

ありがとうございます。

 

 

ふと「懐かしさ」ってどこから来るのかなあと思います。

この懐かしさというのは、昔やってたアニメの再放送見て、「なつかしー!」のそれではなく…

なんというか、

あー なんか、覚えがあるような、昔とても大切にしていたような、心がチクチクひりひりするような…

それは、小澤さんが言う「郷愁」と似てるのだろうか。。。

ぜんぜん違う場所、環境で育っても、原風景みたいなものは何か共通のものがあるのだろうか…

 

 

先日、健康診断で比較的大きな病院に数回行ったとき

なんか知らんが、異様にこの「懐かしさ」を感じたのです。

その病院に行くのは初めてだったのですが、妙に、あの病院にいる時間が懐かしかった…

 

 

よく、生まれ変わりとか、輪廻転生とか言うけれど(私はそれを手塚治虫の「火の鳥」で知った)

仮に前世というものがあるならば、私は、以前友人から聞いた「魂融合説」を信じたいと思う。(あくまでも私は、ですよ)

一つの魂は、また同じ一つの魂が転生するのではなく

死んだら、一度魂の海のようなところに溶けて、ごちゃまぜになって

その中から、また新たな形として入れ物に入って、転生する。

水の循環のような感じですね。

一粒のしずくは、ずーっとおなじ成分でできた一粒ではなく

しずくとして形どられる度に、毎回ちがう成分でできた一粒になる。

(昔読んだ「しずくのぼうけん」という絵本も、こんな感じだったような…ちがうかな…)

 

だから今の私に、もし前世というものがあるならば、

それは、いろーんな生き物、いろーんな人の前世の、ちょっとずつが、それぞれ濃度の違いはあっても

私の中に入ってる。

 

まー それが真実がどうかは一生知らないし、そこまで知りたいとも思わないけど

そうであったらいいなあと思うんです。夢がある!

だって、ずーっと結局ひとりって、さびしいじゃない笑

この世で、散々自我の境界線を味わうのだから

あの世でくらい、他者と融合してみたいものだよ。。。

それに、いろーんな生き物の人生、少しでも自分の中に入っていてほしいよね。

だから、行ったことない場所を懐かしく思ったり

初めて会う人の顔を、懐かしく感じたりするのかもしれない、とか。

 

 

まあ、あまりこういう精神的な話はするの好きじゃないんですが…単に好みの問題ですが。。。

小澤さんのブログを読んで、ふと思ったので、書いてみました。

お粗末さまでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)