ようやく冷静に紗来展を見返せるようになった、今日このごろですす。

あー なんか、終わってからの日々ってどうしてこう過ぎるの早いんだろう!

もう火曜日かー

 

今回、色んな方から感想をいただきました。

こんなに感想をいただいたのは初めてです。

たくさん高く評価していただいて、本当に自信になりました。

 

逆に少し辛口の意見をいただいたり、ご期待に応えられなかったという面もあったようで

人それぞれ感覚が違うということは、同じものでもこうも見方がちがうのだなと

あらためて人類の不思議?を体感している最中であります。

しかし、これだけたくさんの感想をいただいて、本当に嬉しい。

たとえいいことばかりではなくても。

前は、もらえさえしなかったから。

ああ、人前に立って歌うというのは、こういうことだなあ…と

傷つくこともあるけど、いろんなもの、どーんと受け止めて

喜んで受け入れて、それで何度も歌うということだな。

あらためて実感致しました。

みなさま、伝えてくれて本当にありがとう。

 

今回の物語「青 〜私が生きた海〜」

まさに私の子供心のままに書きました。

–¼Ì–¢Ý’è

海辺で拾われた女の子「青(あお)」。

その土地の人々とは違う、真っ白な肌、金色の髪。

どこから来たのかもわからないけど、海辺の村で大切に育てられる。

けれど時には「人魚の子」だと噂され、どこかで孤独を抱えている。

そんな小さな女の子が、「生きる」ための物語。

愛情と、かなしみを、抱えて。

 

 

子どもって、すごいなと思うのが

平気で人を愛すんですよね。

恋愛に限らず、友達とか、親戚とか、ときには他の生きものとか。

大人になると、何かを愛するってことは、いろいろ余計なものが付随してきて

なかなかこう、ごく自然に何かを愛するって、少し難しい気がする。

でも、子どもは違う。

 

私も小さい頃、平気で、何かを愛していた。

それは、夏休みの期間だけうちに来る、小さなジュウシマツ(鳥)だったり

遠くの親戚のお兄ちゃんだったり

一冊の本だったり。

ただただ、好きだった。何も考えずに。

 

だけど、お別れの時が来たとして

その愛おしい対象から離れる瞬間の

あの激痛はなんなんだろう。

大人だったら、「しかたない」で済ませられるようになっちゃうのにさ。

全然、済ませられない。

まるで波のように押し寄せて来る。逃れられない、悲しみ。

 

遠い昔に経験した気がする。もうなんだったか覚えていないけど。

 

いつだって私は、自分を投影しないと物語を描けませんが、

前回の「吟遊旅景譚」の主人公「景」は、どこか理想の自分だった。

気弱なのに、どこか凛として、毅然と前に進む、小さいのに意志の強い女の子。

 

「青」は、私の子供心だと思う。

 

なんだかしらんが、いつだって孤独が自分の中にあり、

愛されているくせに、寂しがり。

生きる意味を探している。生きる場所を探している。

「歌」を知り、「愛情」を知って、ようやく一人で立てるようになった

小さな小さな子ども。

 

「青」のことが大切だった。

私は、とても大切に思っていた。作ったのは自分だけど。究極の手前味噌だけど。

だから、よい物語にして、みんなの前に出してやりたいなんて思ってた。

みんなの心の中に、「青」の居場所が作れたらいいなと思って、

物語を作って、歌を作った。

 

作れたかなあ。青ちゃん。

ごめんよ、ちょっと力不足なとこもあったねえ。

でも、確かに居場所はできたと思うよ。

全員じゃなくても、あなたを受け入れてくれた人、たくさんいたよ。

 

 

今日、本屋で小説買ったら、ストラップもらった。

なんだろって開けてみたら、人魚だった(犬なんだけど)。何種類かあるらしい。

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これ見たら、なぜか泣けた。笑

 

ごめんね、青。

私もっと勉強するわ。

そしたら、あなたの居場所、もっと作ってあげられると思う。

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